5月2日には日吉神社(松山市南斎院町1224)の春祭りに「惟神会」の会員として伊予里神楽を奉納しました。
城北・城西地区の神職を中心として組織している「惟神会<いしんかい>」という神楽組で伊予里神楽を演じており、
この「伊予里神楽」は、江戸時代より伝承されていて、五穀豊穣・家内安全・無病息災を祈願する為の神事芸能として奉納されています。
惟神会会員が所蔵する資料には嘉永元年のものもあります。
さて、日吉神社では天気も良く大勢の子供たちの声が響く中で神楽を奉納しました。
大魔に抱っこされ元気に育つという言い伝えから多くの方が大魔の前に並んでいました。
日吉神社の由緒を分かりやすく記します。
むかしむかし、この神社はとても大事にされてきた神さまをおまつりする場所として作られました。
・およそ1200年前、嵯峨天皇のころ、越智実勝(おち さねかつ)が、今の滋賀県から日吉大神(ひよしのおおかみ)という神さまをここにおまつりしました。
・1338年、河野通政(こうの みちまさ)が田んぼを神さまにささげて、久留島(くるしま)が神社を建てなおしました。
・そのあと、垣生(はぶ)や関谷(せきや)という地域の武士たちも、神さまにおそなえものをしておがみました。
・1603年、松山の城主、加藤嘉明(かとう よしあき)の家来の足立重信(あだち しげのぶ)さんが、川の工事をするとき、神社の近くに水をためる場所を作って、体をきれいにしてから工事がうまくいくように神さまにおいのりしました。
・1870年、それまで「山王権現(さんのうごんげん)」と呼ばれていた名称が、「日吉神社(ひよしじんじゃ)」にかわりました。
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【伊予里神楽 奉納予定】
4月上旬の日曜 朝日八幡神社(南江戸5丁目1569)
4月19日 生石八幡神社(高岡町917)
5月1日 奥土居神社(東垣生町697)
5月2日 日吉神社(南斎院町1224)
5月15日 素鵞社(西長戸町角田788)
5月16日 久枝神社(古三津町1257)
5月下旬の日曜 金刀比羅神社(高浜町4丁目乙74)
7月17日 嚴島神社(神田町1−7)
7月28日 住吉神社(西垣生町1369)
10月下旬の日曜 橘若宮神社(立花1丁目10−27)
※日付が固定されている神社は、曜日に関係なく毎年同じ日に行われます。