先日、若手神職の全国組織である 神道青年全国協議会 の監事として、現地の碑の清掃・修繕活動に参加するため、有人最南端の島である沖縄県・波照間島に行きました。
日本最南端の地には、二つの碑が並んで建てられています。
一つは「波照間之碑」。
1972年5月15日――沖縄が日本に復帰したその日に建立されました。

沖縄は、第二次世界大戦後、長くアメリカの統治下に置かれていました。本土との行き来も自由ではなく、多くの困難を抱えた時代がありました。

その復帰の日、その歴史を後世に伝えようとの願いから、最南端の地にこの碑が建てられました。建立には全国の青年神職が関わり、各都道府県から石が寄せられました。碑の周囲には、その石が今も埋め込まれています。

隣に建つもう一つの碑は「聖寿奉祝の碑」です。
昭和60年(1985年)、昭和天皇御在位60年をお祝いして建立されました。もともと国旗掲揚塔がありましたが、それに代えて日の丸の銘板を据えたものです。

この二つの碑はいずれも、神道青年全国協議会によって建立されました。
沖縄復帰という歴史的な節目と、御在位をお祝いする祈り――どちらも、この国の歩みを形として残したものと言えます。

実際に現地を訪れると、愛媛県の石もしっかりと据えられていました。
遠く離れた地であっても、沖縄の歩みを自分たちのこととして受け止めていた先人の思いを感じました。

今回の活動では、碑の清掃を行い、外れていた石の修繕作業も進めました。建立から五十年以上が経ちますが、こうして手を入れながら守り続けられています。

また、建立当時に関わられた 比嘉正詔 さんから直接お話を伺う機会にも恵まれました。比嘉さんは80歳を超えた今も精力的に活動を続けておられ、沖縄戦・復帰を語り継ぐ活動や平和教育の拠点としての取り組みを精力的に行っておられます。

現在は、記憶を未来へつなぐ活動の一環としてクラウドファンディングを通じた支援も呼びかけられています(詳細はこちら → https://camp-fire.jp/projects/919683/view )。
復帰に至るまでの道のりは決して平坦なものではなかったこと、時代を超えて今もなお平和を願い続ける思いを聞かせていただきました。

私たちは今、飛行機に乗れば沖縄を訪れることができます。しかし、その「当たり前」は、多くの人の努力と祈りの積み重ねの上にあります。

歴史は、ただ記録に残すだけでは風化してしまいます。
祈りをもって向き合い、次の世代へ伝えていくことが大切なのだと、あらためて感じました。

最南端の地に立ち、海の彼方を見つめながら、国の安寧と人々の平安を祈りました。
日々の祭祀を通して、平和と安らぎの祈りを捧げ続けてまいります。
![[松山市] 三津厳島神社【公式】|御朱印・各種御祈祷](https://itsukusima.com/wp-content/uploads/2025/07/original-3.jpg)